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泉鏡花×中川学、第三弾。『朱日記』

「絵本 化鳥」から3年、
泉鏡花の短編に中川学が繪をつけた「文藝繪草子」第三弾が、刊行されます。
タイトルは、『朱日記』。


泉鏡花の作品としては、マイナーな部類で、
あまりご存知ない向きも多いかもしれませんが、
『龍潭譚』「化鳥』に負けない(と中川は思ってますが)
見所満載の知られざる名作です。
今回のお話は、火災と美少年と美しいお姉さんと魔物の物語。
勤勉で常識家の小学校教頭心得、雑所先生を狂言まわしに
古い城下町に次々と振りかかかる妖しい出来事を綴った幻想小説です。
挟み込みで、あとがきのような文章を書きましたので、
参考までに一部ここに掲載します。

『「朱日記」絵本化に際して考えたこと』

 「朱日記」は、僕の泉鏡花の小説絵本化三作めとなる。鏡花作品は、文体が難しいと思
われていたり、その幻想的内容で目くらましがかかっていたりして、わかりにくいかもし
れないけれど、時にとても現代的なテーマを有していると、僕は思っている。例えば先に
絵本化した「龍潭譚」は「ひきこもり」の問題に触れているように思うし、「化鳥」は「
母の呪縛」を幻想譚に昇華した作品だと思っている。この「朱日記」を絵本化したいと思
ったのも、現代に通じる、というよりも今だからこそわかるテーマを扱っている、と気づ
いたからだ。
 主人公、雑所先生は小学校の教頭補を勤める真面目で几帳面で分別のある紳士なのだが
植物採集にでかけた山の中で、城下町を襲う火災の前兆のようなものに遭遇してしまう。
以来予兆は次々と起こるのだが、近代人たる先生は、自分の直感を疑って、生徒たちを
避難させるのをためらうのだ。やがて予感は的中し、街は「城下の家の、寿命が来た」か
のような大火災に飲み込まれてしまう。
 そう「朱日記」は、「都市災害」と「身体感覚」というとても現代的なモチーフをテー
マにした作品なのだ。雑所先生が味わう火災が起こるまでの、落ち着かないイライラした
感じを、近く大災害が起こるかもしれないと言われている、現在の僕たちなら理解できる
と思うのだ。と、これだけならハリウッド映画の災害パニックものなどでもありそうだけ
れど、そこは鏡花先生、それだけでは終わらない。災害の理由が、どうも人智を超えたも
のたちの恋愛の縺れのようなのだ。
 物語の中盤、美しくも妖しい姐さんが美少年宮浜に、迫り来る火災の原因を語って聞か
せる。「私があるものに身を任せれば火は燃えません。そのものが思いの叶わない仇に」
「沢山の家も、人も、なくなるように面当てしますんだから」。大災厄の原因が、人外の
モノの色恋沙汰だなんて。わけがわからない。が、よく考えて見れば、地震も火災も原発
事故も、なぜそれが起こったのかは、実のところ人間の知り得るところではないのだ思う。
プレートがどうしたのという科学的メカニズムやら、初期対応の遅れ云々といった人間の
対処力不足で、災害の説明はなされるが、それは現象のほんの表層の説明でしかない。
なぜその災厄が人間界に降り掛かるかという問いには、人間はついに答えられない。東日
本大震災の際、某政治家が「罰があたった」と表現したけど、それさえ人間の驕慢だろう。
そんな人間の理解を超えた災害の原因を、鏡花先生は「人智の及ばぬものたちの色恋の縺
れ」と「見立て」たのだと思う。
 そして「殿方の生命は知らず、女の操というものは、人にも家にも代えられぬ。」とい
う、姐さんの見栄を切るかのような名台詞は、何か戦争に突き進む男性原理社会への批判
のようではないか。「朱日記」を読み味わうのに、今ほど適した時代はない。

泉鏡花の映像感覚にあふれた物語を、
103年のときを経て、
中川学が蘇らせます。

4月10日、国書刊行会より刊行。
  • 2015.04.09 Thursday
  • -
  • 15:38

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